チャーリング・クロス街84番地(1986年アメリカ)

84 Charing Cross Road

正直言って、これは分かる人にしか分からない映画だろう。

ニューヨークに暮らす劇作家志望の女性が、欲しくてもなかなか手に入らない希少本を
新聞広告でたまたま見かけたロンドンの古本屋に注文したことがキッカケで、
この古本屋の店主と約30年にもわたる文通を続け、お互いに一度も顔を合わせることなく、
苦しい時に物資援助を行って励まし、お礼の手紙を店員も巻き込んで交わしたりしながら、
ある種のプラトニックな恋愛関係を描いた、ひじょうにシンプルなヒューマン・ドラマ。

日本劇場未公開作ではありますが、
一部の映画ファンの間で支持されたためか、ビデオやDVDとして発売された作品だ。

確かに恋愛の要素がある映画とは言え、
かなり動きの少ない映画であり、まるで舞台劇のような作りがやや足を引っ張った面がある。
とは言え、これは実に丁寧に作られた好感の持てる誠実な印象を受ける作品ですね。

意外にも、本作は名喜劇俳優のメル・ブルックスが製作として関わっており、
彼が従来、数多く関わってきた作品群とまるで性格の異なる作品で驚きではあるのですが、
これはメル・ブルックスのカバーできる範囲がとても広いということを如実に証明していると思いますね。

一口にプラトニックな恋愛関係とは言え、
当然、文通だけの関係なので一度も実際に顔を合わせたことが無く、
1950年頃からのストーリーであるせいか、電話での会話も一度も無い。
つまり、ニューヨークの女流作家は一度も会ったことがない人に思いをはせているわけで、
これは正直言って、並大抵の遠距離恋愛ではないのですが、ささやかな恋心を実に上手く表現できている。

それと、考え方の違いはあると思いますが、
文通であることを強調するためにか、アンソニー・ホプキンスとアン・バンクロフトが
カメラ目線で手紙の内容を語りかけるシーン演出が良かったと思いますね。
これは数本の映画で採られた手法ではありますが、かなり大胆な手法であることは間違いないわけですが、
一歩進めた独白の可能性を広げた表現手法として、見事な成功例になったと思いますね。

特に映画のクライマックスでアンソニー・ホプキンス演じる古本屋の店主が
女流作家への最後の手紙となるメッセージを語るシーンが良い。これはホントに良いシーンだったと思う。

どこがどういう風に良かったのか、正直言って、言葉では表せないのですが(笑)、
これはアンソニー・ホプキンスの上手さですね。90年代以降の彼の活躍も頷けます。

ただ...いかんせん、本作は地味過ぎましたね。
せっかく良い題材の映画で、原作もしっかりしているのに、どうにも映画が引き立ちません。
まぁどちらかと言えば、文芸映画の路線だから寛容的に観たいとは思うのですが、
やっぱりこの地味な印象が先行してしまっているというのは、正直言って損していると感じましたね。

正直言って、せっかちな性格の人には向かない映画かと思います。
いつまでも文通を続けてるのを観て、「何やってんだよ、早く会いに行けよ!」なんて思っちゃう人なら、
ひょっとしたら本作の根底にあるプラトニックな恋愛美学は分かりにくいかもしれません。

ちなみに女流作家を演じたアン・バンクロフトは撮影当時、55歳でしたが、
古本屋の主人を演じたアンソニー・ホプキンスは49歳であり、実は彼の方が6歳も年下。

思えば、アン・バンクロフトが本作の20年前である67年、『卒業』に出演して、
ダスティン・ホフマン演じる娘の恋人を誘惑して、大人の色気ムンムンでしたが(笑)、
なんとそのダスティン・ホフマンはアンソニー・ホプキンスと同い年だというから、なんとも不思議だ。

これはダスティン・ホフマンが若いと言うべきか、
アンソニー・ホプキンスが年とっていると言うべきか、よく分かりませんが(笑)、
いずれの場合においても、違和感なく演じ切ることができるアン・バンクロフトが凄いんでしょうね。
(彼女は残念ながら、05年に子宮ガンで他界してしまいました・・・)

今、日本は東日本大震災の影響を受け、苦しんでいます。
おそらくこの影響は年単位で続くでしょうし、ずっと日本人の記憶に残ることでしょう。

この映画でヒロインである女流作家は、一度も会ったことが無い、
遠く離れた地に暮らす男に、文通相手とは言え、無償の支援を続けます。
それは手紙の内容から、アメリカでは考えられない経済的苦境に陥っていることを知ったからです。

勿論、プラトニックな恋心があったと想像されるとは言え、
彼女がとった選択は、やはりとても勇気のある善意だと思うし、これが人間の美しさだと思う。
2011年3月現在、東京電力、東北電力管内で輪番停電が実施されるほど電力供給がピンチな状況です。

今、日本は言うまでもなく助け合うことが必要な状況です。
そして今までの価値観を考え直させられるぐらい、あまりに強烈な災害だったはずです。
そして、今以上にエネルギーのことや食糧のことについて考えたことは、ここ最近では無かったことでしょう。

今、日本は大きな試練を与えられ、ターニング・ポイントを迎えていることは明らかです。
今までの生活水準、或いはリスク管理、安全管理について考え直すことが間違いなく必要でしょう。

やや幼稚に聞こえるかもしれないけど...
僕はこの映画のヒロインの行動って、今の日本に必要なアクションだと思うんですよねぇ。

(上映時間95分)

私の採点★★★★★★★☆☆☆〜7点

監督 デビッド・ジョーンズ
製作 メル・ブルックス
    ジェフリー・ヘルマン
原作 ヘレン・ハンフ
脚本 ヒュー・ホイットモア
撮影 ブライアン・ウェスト
音楽 ジョージ・フェントン
出演 アン・バンクロフト
    アンソニー・ホプキンス
    ジュディ・デンチ
    ジャン・デ・ベア
    モーリス・デナム
    エレノア・デビッド
    マーセデス・ルール

1987年度イギリス・アカデミー賞主演女優賞(アン・バンクロフト) 受賞